焦がれなき階
こちらは創作サークルColorPaletteに提供した台本です。
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配役 ♂2♀5
所要時間 ~15分
登場人物
青年 ♂
妖怪と人間を繋ぐ者。穏やかな性格。妖怪たちに慕われている。
橋姫(はしひめ) ♀
青年のことを「犬神様」と呼ぶが、そう呼ばないように言われるため「アニキ」と呼ぶ。
青年のことを誰よりも慕っている。美しく、優しい。
酒呑童子(しゅてんどうじ) ♂
青年のことを「アニキ」と呼ぶ。気性が荒く、酒を好む。しかし青年には頭が上がらない。
猫又(ねこまた) ♀推奨
青年のことを「兄さん」と呼ぶ。飄々としている。中性的な雰囲気。
ユカ/少女 ♀
少女。幼稚園~小学校低学年程度。無邪気な人間の子。
母 ♀
少女の母。いなくなった少女のことを心配する。
鬼婆(おにばば) ♀
人間の子どもが最も美味いと思っている。ユカを喰おうとするが、青年に止められる。
あらすじ
青年は、妖怪と人間を繋ぐ者。
いつものように人間のものを妖怪に支給していたが、
小さな女の子がついてきていたことを知る。
妖怪たちに囲まれる少女。
少女は少しの間、妖怪の村で時を過ごした。
役表
青年:
橋姫:
酒呑童子:
猫又:
ユカ/少女:
母:
鬼婆:
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【妖怪の村】
村に帰ってくる青年。
青年 「ただいま」
橋姫 「おかえりなさい、アニキ」
酒呑童子「よう、アニキ。今回の収穫はどうよ」
青年 「今回は食べ物が多いかな。君の分のお酒も持ってきたよ」
酒呑童子「ひゅう、助かるぜ」
橋姫 「ちゃんとお礼を言いなさい、酒呑」
酒呑童子「ありがとよっと」
さっそく酒を開け、飲み始める酒呑童子。
青年 「……今日中にはなくなりそうだね」
橋姫 「まったく、酒呑ったら。あたしからもお礼を言うよ。ありがとう、アニキ」
青年 「いいんだよ。これが僕の役目だからね」
猫又 「兄さん」
青年 「猫又か。ただいま」
猫又 「おかえり。それよりさ、あの子、誰?」
後ろを振り向く青年。そこには、小さな女の子。
青年 「ん?」
ユカ 「っ!」
橋姫 「あら」
青年 「人間の女の子か……」
女の子に近付き、しゃがむ。
青年 「こんにちは」
ユカ 「……こんにちは」
青年 「お名前は?」
ユカ 「ユカ」
青年 「ユカちゃんか。ひとり?」
ユカ 「……おかあさんが、いなくなっちゃったの」
青年 「そっか。お母さん心配だね。一緒に探しに行こうか」
酒呑童子「なんだ? 人間のガキか」
橋姫 「あんた顔恐いんだから、近付かない方がいいんじゃないのかい?」
酒呑童子「何言ってんだ。俺様はガキ大好きだぜ?」
橋姫 「何の冗談だよ」
酒呑童子「おら、ガキ。こっち来い」
ユカ 「ひゃっ」
青年 「酒呑」
酒呑童子「まぁまぁ。おら、ガキ。飲め」
酒呑童子をはたく橋姫。
橋姫 「子どもに酒なんて飲ませんじゃないよ」
猫又 「ね、兄さん」
青年 「何? 猫又」
猫又 「あっちの世界に行くの、結構大変でしょ?」
青年 「それはまぁ、そうだけど。どうして?」
猫又 「兄さんの力が回復するまで、この人間の子は僕たちが見てるよ」
酒呑童子「そうそう。アニキはゆっくり酒でも飲んでこいよ」
橋姫 「そう言うあんたが一番心配だよ。ほら、ユカちゃんこっちおいで」
ユカ 「……うん」
青年 「じゃあお言葉に甘えて、少しだけ休憩してくるよ」
ユカに向き、しゃがむ青年。
青年 「ユカちゃん、少しだけこの恐い顔のお兄さんたちと遊んでてくれる?」
酒呑童子「恐い顔って」
ユカ 「おにいちゃん、かえってくる?」
青年 「もちろんだよ。すぐにお母さんのところに連れて行ってあげるからね」
ユカ 「うん」
青年 「いい子で待っててくれる?」
ユカ 「うん! ユカ、まってる」
青年 「ありがとう。じゃあ待っててね」
ユカの頭を撫でる青年。
酒呑童子「羨ましそうに見てんじゃねぇよ」
橋姫 「見てないよ」(ふてくされたように)
酒呑童子「よーし、じゃあ俺様が特別に天まで届く高い高いをしてやるよ。我慢できたら酒飲んでいいぞ」
橋姫 「だからやめなさいっての」
【村外れの川辺】
橋姫 「犬神様」
青年 「……橋姫。その呼び方はやめるように言ったはずだよ」
橋姫 「でも、犬神様」
青年 「橋姫」
橋姫 「ごめんなさい、アニキ。でもどうして」
青年 「僕は、人と妖怪を繋ぐ者。ただそれだけだよ」
橋姫 「……犬神様くらいしか、それをできる妖怪は」
青年 「僕は妖怪の名を捨てたんだ」
橋姫 「人が、好きなんだね」
青年 「橋姫だって、そうだろう?」
橋姫 「あたしが慕っているのは、あんただけだよ。アニキ」
青年 「僕はそれに応えることはできないよ」
橋姫 「そんなに、そんなに人が大事かい」
青年 「……うん」
橋姫 「人との世界を繋げてくれるのは助かってる。
だけど、今のままじゃ、アニキは不確かな存在のままじゃないか」
青年 「僕はそれでいいんだ」
橋姫 「よくない! あんた……このままだといつか、消えちまうよ」
青年 「わかってる」
橋姫 「わかってないよ。アニキは、アニキは何もわかってない……っ」
走り去る橋姫。
青年 「……」
猫又 「あーあ」
青年 「猫又」
猫又 「妖怪の名を捨てた者は、いずれ存在が消えてなくなる。ずるいよね、兄さんは」
青年 「何がずるいんだい」
猫又 「勝手に僕たちを救って、最期まで見届けずに消えちゃうんだ」
青年 「君たちはもう、自分の足で立てるだろう」
猫又 「兄さんは消えてもいいの?」
青年 「元々、瀕死のところを人に助けられたんだ。今こうして生きていられるだけで、僕は幸せだよ」
猫又 「だから、いつ消えてもいいっていうの?」
青年 「ははっ」
猫又 「何がおかしいの」
青年 「ううん。君たちは本当、僕を家族のように思ってくれているんだね」
猫又 「……だったら何」
青年 「だったら、大丈夫だよってこと」
猫又 「わかるように言ってくれる?」
青年 「妖怪の名は捨てたけど、君たちは僕を家族のように思い、呼んでくれる。
妖怪っていうのはさ、案外それだけで長生きできちゃうもんなんだよ」
猫又 「……へぇー」
青年 「心配して損したって顔してる」
猫又 「別に、してない」
青年 「はははっ」
橋姫 「アニキ!」
青年 「橋姫? どうしたんだい、そんなに息を切らして」
橋姫 「ユカちゃんが、いないんだ」
青年 「え?」
猫又 「あーあ。何してんのさ」
橋姫 「酒呑が他の鬼と喧嘩を始めちまって、その間にどこかへ行っちまったらしいんだ」
青年 「……そんなに遠くは行けないはずだよ。橋姫は村の周囲を探してくれ。
鬼たちにも探させて。猫又は上から探してみてくれ」
橋姫 「アニキはどうするんだい」
青年 「僕は念のため、来た道を探してみる。
人間は一人じゃあっちの世界には戻れないはずだけど……一応、ね」
橋姫 「気を付けて」
青年 「うん。君もね」
走り去る三人。
【村外れの橋の上】
青年 「はぁ……はぁ……。いない、か」
[回想]
少女 「ねぇ、ママ。わんちゃんがいるよ」
母 「本当ね。……すごい怪我だわ」
少女 「たすけて、ねぇ、ママ」
母 「ええ。すぐに手当てをしましょう」
少女 「ママ、ゆきがお水のんだよ!」
少女 「あ、ゆき、そんなところにのっちゃだめだよ!」
少女 「ふふふ、くすぐったいよ、ゆき」
[回想終]
酒呑童子「アニキ!」
青年 「っ!」
振り返る青年。
酒呑童子「ガキがいた!」
青年 「どこ?」
猫又 「川向こうの森。鬼婆の寝床だよ」
青年 「鬼婆が……。猫又、案内して」
猫又 「はいよ」
【川向こうの森】
青年 「ユカちゃん!」
ユカ 「おにいちゃん!」
鬼婆 「……アニキかい」
青年 「鬼婆。どうしてこんなことをするんだ」
鬼婆 「本来、鬼婆は子どもを喰らう妖怪だよ」
青年 「それで?」
鬼婆 「……アニキの用意する食事には満足してるんだよ。でもねぇ、やっぱり妖怪は」
青年 「鬼婆」(低いトーンで)
鬼婆 「うっ……」
猫又 「観念しなよ。鬼婆」
酒呑童子「反抗したら飯抜きだぞー! 恐ろしいぞー!」
橋姫 「あんたは経験済みだもんね?」
酒呑童子「うるせぇな」
鬼婆 「わかったよ。ほら」
ユカ 「おにいちゃん!」
青年 「おいで。怖かったね。ごめんね」
鬼婆 「う、美味そうなもんを目の前で走らせるからいけないんだよ。
今日の食事はいつもより豪華にしておくれ」
青年 「はぁ……。わかったよ。この子がこっちに来ちゃったのも、僕の責任だしね」
猫又 「罰ないんだ。運がいいね」(冷たい感じに)
鬼婆 「ひっ。あ、あたしは村に戻るからね」
青年 「僕たちもそろそろ帰ろう、ユカちゃん。お母さん、待ってるからね」
ユカ 「うん。ユカ、おかあさんにあいたい」
【妖怪の村】
橋姫 「もう帰っちまうんだね」
酒呑童子「また来いよ、ガキ」
猫又 「まぁ、また来てもいいよ。僕は世話しないけどね」
ユカ 「うん! おにいちゃん、おねえちゃん、ありがとう」
青年 「じゃあ行こうか」
ユカ 「うん!」
【村外れの橋の上】
青年 「ねぇ、ユカちゃん」
ユカ 「なに? おにいちゃん」
青年 「ユカちゃんって……わんちゃんとか、飼ってたことある?」
ユカ 「ううん、ないよ!」
青年 「そっか……そう、だよね」
ユカ 「なんで?」
青年 「ユカちゃんが、僕の大切な人に似てるから」
ユカ 「ユカが?」
青年 「そうだよ。……でも、よく考えたらそうだよね。その子、今頃大人になってるはずだし」
ユカ 「……? ユカ、よくわかんない」
青年 「はは、そうだよね。ごめんね」
ユカ 「ねぇ、おにいちゃん」
青年 「なんだい?」
ユカ 「ユカ、また来てもいい?」
青年 「……」
ユカ 「おにいちゃん?」
青年 「……うん、いいよ。また、いつかね」
ユカ 「うん!」
母 「ユカ!」
ユカ 「おかあさん!」
お互いを抱きしめる。
青年 「よかったね、ユカちゃん」(小さな声で)
ユカ 「ばいばい、おにいちゃん」
母 「ユカ? おにいちゃんって誰?」
ユカ 「あっちに……あれ? おにいちゃんがいない」
母 「……ゆきの、におい」
ユカ 「おかあさん?」
母 「……ううん。何でもないわ。帰りましょう」
ユカ 「うん!」
青年 「もう、こっちに迷ってきたらいけないよ」